死なないわ。だって、死んだらもうあなたに会えないもの

 家路の途中ふと、昨夜の舞台で謳った詩が頭を過ぎった。
 陳腐な男女の恋愛劇。歌姫と咎人の恋物語。
 ほの甘くほろ苦い舞台に観客は涙した。
 そうしておれは、今日も生活の糧を得て家路についた。


「おかえり」
「……何やってる」

 紅い蛇ではない痣や切り傷を体に何箇所か作った同居人は、ソファに腰掛けて苦笑いしながらおれを出迎えた。
 小ネズミもみな顔を揃えている。

「ごめん、ちょっと巻きこまれた」

 力河から押しつけられた服を裂いて包帯代わりにする。その手つきは慣れたものだった。

「よかったら縫いましょうか、陛下」
「いや、遠慮しておく。だいいちきみ、できないだろう」
「そりゃあ、おれは優秀なあんたとは違うからな」

 布が巻かれた腕を強く掴む。

「……っ」
「あんたね、その辺無防備に歩いてるとそのうち死ぬぜ」

 そうだ。
 そう簡単に死なれては、おれの立場はどうなる。

「死なないよ」
「やけに自信たっぷりだな」
「…死なないよ。だって、死んだらもうきみに会えないだろう」
「……何?」

 この台詞、昨夜の。

「だからきみに会えるうちは、生きている。絶対」
「そうなることを、願いたいところだ」

 紫の瞳が時折見せる強い光をたたえた。いい瞳だ。
 こんな陳腐な台詞は芝居の中だけだと思っていたが、真っ向からぶつけてくる人間に初めて出会った。
 会えるうちは生きている、ということはつまり先に死ぬことはない、ということだが、自分も彼の、紫苑の生を見届けたいと、
そんなことを思った。
 しかし同時に、

 ―見届けられるのか?

 という漠然とした不安が一瞬だけ頭を過ぎった。






オンリーで無料配布したペーパーに付けた小話です。
これもPC内整理してたら発掘したので、再録。
再録にあたって、ちょこっと修正入ってます。




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